2022年8月13日(土)に開催を控えている、東京・日比谷野外大音楽堂でのおとぎ話のワンマンライヴ〈OUR VISION〉。ライヴに先駆けて6月22日にはニューアルバム『US』がリリースされたが、同公演に向けた本連載では、フロントマンの有馬和樹に、『US』の前に発表してきた11枚のアルバムを1作ずつ語ってもらう。

第10弾(!)となる今回は、2019年9月に配信で発表、その後CDが2020年7月にリリースされた10作目『REALIZE』について。愛はなぜふいに訪れ、いつしか去っていくのだろう、人と人が出逢うことはどうしてこんなに悲しいのだろうーーアシッドフォーク的な内省にオルタナティヴR&Bを通過したバンドサウンドで陰影をつけた同作は、バンドのキャリアのなかでも指折りの挑戦作であり、筆者にとっては今回のインタビュー連載を企画するきっかけとなった魅惑的なアルバムである。felicity加入後の充実した3作を経て、彼らがかくもダウナーでメランコリックな音楽に向かった理由とは? その背後には、これまで語られていなかった有馬の驚くべきストーリーがあった。

Interview & Text by 田中亮太

REALIZE

ーー『REALIZE』はまず配信限定のアルバムとしてリリースされました。そうした発表形態にした理由は?

「えーっとね、これははじめて明かすんだけど、2019年にいきなりルイ・ヴィトンから有馬に〈モデルをやってください〉というメールがきたんだよ。で、写真を撮ってギャラまでもらったんだけど、写真自体がお蔵入りになったんだ。結果、写真は誰も見ることのないものになっちゃったんだけど、本当はその写真が世界的にバーンと出る予定だったわけで、そのタイミングでの名刺がわりになるアルバムとして『REALIZE』は作ったんだよね。だから、ヴィトンの写真がリリースされるのであれば、というタイミングに配信のアルバムを置いたってだけ。イレギュラー中のイレギュラーな作品なんだよね。そしたらアルバムだけ出て、写真は出ないという(笑)」

ーーそうだったのか。じゃあ配信ということ自体に何かメッセージがあったわけではなかったんですね。

「ぜんぜんそういうのじゃなかった。しかもヴィトンの撮影はヴァージル(・ア
ブロー)案件だったんだよね。でもコロナ禍にはなるわヴァージルさんも亡くな
るわで」

ーー音楽的には『眺め』から大きく変化したアルバムですが、制作時の方向性はどんなものだったんですか?

「世界的なブランドの人から〈有馬和樹のルックスは引きが強いものですよ〉って認められたわけじゃん? 写真を撮ってくれた人もビョークのジャケットとかで知られている人で、彼も有馬の顔を見て〈Amazing!〉とか言ったりしてたの(笑)。それに後押しされたこともあって、有馬のソロアルバムをおとぎ話として作るというコンセプトで動いたんだよね。だから、いままでのおとぎ話のアルバムのなかでいちばん、最初からしっかりとコンセプトが考えられていたアルバムだった」

ーーでは、有馬和樹のソロアルバムとして、どんな音が鳴らされるべきだと考えていたんですか?

「このときはね、ソランジュとポーティスヘッドだけを聴いていた。ポーティスヘッドは世の中のアーティストでいちばん好きと言っても過言ではないんだよね。で、ソランジュのアルバム『When I Get Home』を聴いたときに、〈これ、ポーティスヘッドがやっていたじゃん〉と思った。フランク・オーシャンの音楽とかもそうだけど、ソランジュも手法としては別に新しくないと思ったし、これが新しいというのなら世の中おもしろくなってきたぞ、と思った。それがいまの時代性なんだという気がしたし、自分がやってみたらどういうものになるだろう、とは考えたんだよね」

ーーソランジュとポーティスヘッドに感じた共通点をもっと詳しく教えてもらうと。

「いわゆるヒップホップではないのに、ヒップホップを感じさせるところかな。ダウナーなビートがひたすら続くんだけど、それがめちゃくちゃかっこよく鳴っているんだよね。ソランジュはわりと天然でやっていて、ポーティスヘッドはめちゃくちゃ緻密に考えてやっているんだと思う。それをおとぎ話でやってみようとなった結果、『REALIZE』はバンドサウンドから逸脱したものになった。ドラムもベースもメンバーが弾いたものをサンプリングして、それを有馬が再構築したんだよね。いままでのおとぎ話とはまったく違うやり方での制作だった。ここからついに有馬の頭のなかで鳴っている音楽をみんなで構築していく、という作り方になったんだよね。それもあってジャケットもめちゃくちゃ有馬だし、ほんとに俺のソロアルバムという感じ。自分がやりたいことをひたすらやった作品だね」

ーーとはいえソランジュのアルバムと比較して、『REALIZE』にはロックバンドならではのフィジカルかつヘヴィーなグルーヴが出ていますよね。『When I Get Home』はもっとエディット感がある。

「それは〈だっておとぎ話じゃん〉ということでしかないかな。ソランジュみたいなことをそのままやりたいのなら、本当の有馬のソロでやればいい。でも、そうしないことが、それこそジャーニーっていうか。音楽って旅なんだよね。他の3人にとって『REALIZE』の曲はライヴでの演奏がめちゃくちゃ大変みたい(笑)。有馬の主観のみで作ったアルバムだから、それ以外の人がアルバムのように弾こうとしても、どうしてもうまくいかないから」

ーー今回、ミックスをthe perfect meこと西村匠さんが手がけています。彼の音作りも『REALIZE』を特徴付けていますよね。立体的かつローがしっかり出ているサウンドが、このアルバムを現代のポップ音楽たらしめている。

「そうだね。the perfect meがfelicityからリリースした配信シングルを聴いたときに、音像としてすごくおもしろいと思った。『REALIZE』でお願いしたのは、いい意味で俺自分が想像するものを裏切ったサウンドにしてくれると思ったから。そしたらハマったよね。処理の仕方が天才的だった」

ーーアルバム全体を通して、メランコリックで物憂げなムードが貫かれていますが、それは何に起因したものだったんでしょう?

「前作の時点で、音楽シーンに対して〈もうなんだかなー〉と思っていたから、その延長ではあったよね。ダウナーな雰囲気ではあったかな」

ーー歌詞ではかなり踏み込んだ思索をしているというか、人との出会いに孕まれる悲しみ、愛を与えることへのおそれみたいなものが通奏低音になっている気がしました。

「そうだね。かなり達観していると思う。前作の“HOMEWORK”という曲では〈あなたが今この世界で 会いたいと思う人が いるならすべて投げ出して 会いにいけばいいのかもね〉と歌ったけど、そこからさらに進んでもはや悟りの境地に行ったというか。特に象徴的なのは“BREATH”かな。あの曲の歌詞は最高だと思う」

ーー“BREATH”は〈実存とは何か?〉という根源的な問いへの答えを1曲で歌ったかのような、とんでもない曲だと思います。『REALIZE』から1曲選ぶなら“BREATH”ですか?

「間違いなく“BREATH”だね。これは、おとぎ話がフランク・オーシャンをやったらこうなるというか、僕らなりのアンサーみたいな感じ。しかも、それを感じ取ってくれている人も結構いるんだよね。すごくセンスのいいDJさんに〈日本人によるR&Bのなかでいちばんヤバい〉と言われたりもして」

ーーこの“BREATH”もそうですけど、有馬くんの歌詞には〈誰かの泣いている顔を見つめている〉というモチーフがたびたび出てくるじゃないですか。それはどうしてなんでしょう?

「どうしてだろう。僕は笑っている顔よりも泣いている顔のほうが美しいと思うタイプの人間だからかな。それをただ見つめていたい。自分がすごく泣き虫だからかもしれないね。普通は逆だと思うけど、笑っている顔をあまり人に見せたくなくて。むしろ、自分のことをわかってくれる人には自分が泣いている姿を見てほしいと思うんだよね」


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おとぎ話<OUR VISION>
2022年8月13 日(土)
東京都 日比谷野外大音楽堂
開場 16:00/開演 17:00
チケット:全席指定 ¥6,600(税込)

【プレイガイド】
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お問い合わせ: HOT STUFF PROMOTION TEL:03-5720-9999

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